2012年11月16日金曜日

亀山亮さんについて

こんばんは。
ひさびさの更新ですが、本当は先に片付けなければいけない仕事があり、今回はざっくりと・・・。
雑になるかもしれませんが、現在開催中の写真展についてのブログなので、急いで書く必要があるのです。
文章ひどいと思うので、書いたあと後日手を入れることもあるかもしれません。
ただ、これを見た方がたくさん会場を訪れてくれるといいなと思います。
11月30日までです。
亀山亮写真展 「AFRIKA WAR JORNAL」

 http://reminders-project.org/

もうすぐ新刊と入れ替わってしまいますが、アサヒカメラ11月号で、私は亀山亮さんのインタビューを担当しました。
「AFRIKA WAR JORNAL」という写真集が刊行されたためです。この写真集は、アフリカのサハラ砂漠以南、ブラックアフリカと呼ばれる地域のひとびとの姿をとらえたもので、内戦、貧困や、暴力の被害者となったひとびとの心の傷、さらに加害者の姿などを描き出しています。

まずは、写真集を見てみてください。そして亀山さんの熱のこもった独特な文体の文章を読んでください。
そして、アサヒカメラのインタビュー記事を是非見ていただきたいです。
あと、最近アップされたウェブ上での記事も良かったです。
リンクはこちら。

「現場に行かないと何が起こっているのかわからないのが戦争」7年間アフリカを撮り続けた写真家・亀山亮氏にきく」中島麻美さんの記事(中島さんのチャーハンレシピがおいしそうでした)

 http://getnews.jp/archives/272336
 http://getnews.jp/archives/272471

では、なぜ雑誌に書いたインタビューのほかに、私がブログも書かなくてはと思ったかというと、この写真て、見たら何かしたくなるよね?調べたくなるよね?
と思ったからです。

だから、インタビューを行なって記事にするにあたり、私が読んだ本を紹介します。
もっといろいろな調べ方があると思いますが、締め切り前の限られた時間のなかで私がしたことなので、これを参考に広げていっていただければと。
まずはアフリカについてのざっくりとした調べものと年表的なものを参照してから、亀山さんのお話をうかがいました。
この時点では、全然アフリカについて自分が知らないということを実感するばかり…
インタビューのなかで、アフリカについては日本で報道が少ない、という話を亀山さんからうかがっていました。
では、報道の世界の人はアフリカのことどう感じているのかなと考えていると、下記ブログにたどりつきました。まさに、アフリカの記事が採用されにくいことについて書いてあります。
そして、国際問題の取り上げ方のなかで、日本にいる私たちがどのようにふるいにかけられた情報を目にしているかの一端がわかります。

白戸圭一さん ブログ
「メディアで働く私が恐れること」
http://www.fsight.jp/blog/11392

この記事を見て、この方の本を一冊買って読みました。
この本は内戦について扱ったものではありません。
自分がアフリカを見る目にどんなフィルターがかかってしまっているか、確認したかったために読んだものです。
すぐに読めます。

白戸圭一さん「日本人のためのアフリカ入門」
http://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE%E3%82%A2%E3%83%95%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%85%A5%E9%96%80-%E3%81%A1%E3%81%8F%E3%81%BE%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E7%99%BD%E6%88%B8-%E5%9C%AD%E4%B8%80/dp/4480066012


これで、なぜ自分がこんなにアフリカについて知らないのかわかりました。
日本人にステレオタイプ化されたアフリカ像がどうして定着したのか、その原因のひとつと考えられる1984〜5年の世界規模のアフリカ飢餓救済キャンペーンについても触れられています。
これは私が5歳くらいだった頃で、さかんにテレビでもアフリカの飢餓から子どもたちを救おう、という映像が流れていました。
インパクトが強く、私のアフリカのイメージはここでつくられ、そして止まっていたのです。
この本では、アフリカの経済の実情や日本との関係を教えてくれます。
自分住んでいる日本とはどういう国なのか、日本がどうやってアフリカとつながってきたのか、そのなかにどのような誤解があり、コミュニケーション不良があったのか。

それを知ってから、また再度亀山さんの写真集、そしてそこに掲載された文章を読むと、また立体感が違ってきました。
そして、亀山さんが文章のなかであげていた戦争にまつわる写真集を図書館で片っ端から見ていきました。
これも亀山さんの文章を読んで確かめてみてください。
どのようにして亀山さんがそれらの写真集と出会ったかも大切なポイントなので、ここではあえてリスト化しません。

それらの写真集を見たとき、私は数年前のことを思い出していました。
祖父に関することです。
もう亡くなってしまった私の祖父は、第二次世界大戦をパプアニューギニアの激戦区で戦い、生き残り最後の7人になった、と聞いていました。
本人からはほとんど聞いたことがありませんが。
祖父には出版社から、書籍を執筆しないかという誘いもあったようですが、全部断っていたのです。
決して伝わらないから、書きたくないという理由でした。
ある日祖父母の家に行った私は、祖父にしこたま飲まされ、酔ったままで私がライターの仕事を通じて戦争について考えたことをそっとメモし、祖父の机に置いて帰りました。
戦争を経験したことのない私が、写真家の目をとおして戦争を感じることの大切さを感じたこと、それを少しでも書き残そうとしていることを告げた内容でした。
すると、祖父は次に会ったとき、戦争の写真集を何冊か私に渡してくれました。
実は、祖父は新聞の広告を見ては、そうした写真集をこっそり買い集めていたのです。
そのラインアップが、亀山さんが見ていた写真集と酷似していました。

結局祖父は、私に直接戦争の話をほとんどしませんでした。
でも、話を聞かなくとも、私は戦争を経験した人の孫なのです。
そして、私は戦争に行った人を身近に持つ最後の世代だと感じています。
これって結構大切なことではないかと思うのです。
つまり、自分たちより下の世代にどう伝聞していくか、考えなければいけない。

亀山さんが戦争について考え始めたきっかけは、子供の頃に読んだ漫画の「はだしのゲン」だと文章にありました。それを全冊買ってくれたのは、亀山さんのお父さんです。
いろいろな社会運動をしてきたお父さんのもとで育った亀山さんだからこそ、戦争を現地に行って見てみなければと思ったのでしょう。
ただ興味を持つことと、実際に自分の身体を動かすことでは大きな違いです。
危険な現地に行き、そこで写真を撮るためには、自分を突き動かす大きな力が必要なのです。

亀山さんは、それほどたくさん話す方という印象ではありません。
すごく静かな人でした。
でも、どうしても誰かのために、何かのために行動してしまう人だとたたずまいにあらわれています。そして、自分の周囲にいる人さえ動かしてしまうような力を持った人なのだと思います。
いつもは八丈島にいらっしゃるので、お会いできる機会はあまりありません。
作品を前にお話を聞いてみると得るところはもちろん大きいと思います。
でも、そういうことが苦手な方も、是非亀山さんに会って、顔を見てほしいと思います。
忘れない顔です。
そういう人って、いるのです。

亀山さんの作品を見た私は、またアフリカとは違うことにも興味を持ち、新しい文章を書きました。
でもまたいつか、アフリカについて書くことがあるかもしれません。
全く他のことに関わりながら、アフリカとつなげていくかもしれません。
アフリカに直接かかわる活動家や表現者にならなくとも、決して無駄にはならないと思います。
自分の無関心が他の国の人までを苦しめるのならば、関心を持つことだけでも
まわりまわって前進につながることがあるかもしれません。

亀山さんは、写真集のなかの文章で、日本を「鵺」のような国だと書いていました。
私はこの表現がとてもしっくりきました。
絶対に反応があるはずのことに、まったく反応がないなかで生活していると、
ゆっくりと自分の精神が萎えていくのを感じます。
得体のしれない力に押しつぶされそうだと感じることがあります。
でも、たとえば、自分の居場所のドアがノックされたら、
それにノックでこたえるくらいはしたい。
それだけでも違うと思うのです。
そんな気持ちでこのブログを書きました。

乱雑な文章ですが、読んで下さった方、ありがとうございました。


追伸:亀山さんの展示は午前11時から午後8時まで。ご本人は午後3時〜4時くらいにギャラリーに到着して在廊されているようです。亀山さんと直接会いたいという方はギャラリーへ確認のうえ行かれると確実です。

2012年9月13日木曜日

写真展を東京以外でも見たいという声について

先日TBSラジオのDIGを久しぶりに聞きました。
時事通信・解説委員の山田恵資さんが橋下市長が日本維新の会の党首となることのメリット・デメリットについて解説。
市長と党首の二足のわらじが無理なんじゃないのということについて、
聞き役のカンニング竹山さんの印象的な言葉がありました。
「橋下さんもそういうことわかっていると思うんですよ。
もうあの、真実というか本当のところは、しょうがないこういう日本じゃだめだと思うんですけど、東京にいないとだめですよ、政治はね、これが本当のところだと思うんです。でもそれを言っちゃうと、(略)・・・全国の人がなあんだと思うじゃないですか。」

この言葉、いろんなことにも言い換えられるなあと思っていたのですが、写真につなげると、「写真に触れるなら、写真やるなら、東京にいるしかない。これが本当のところだと思うんです。」なんてことも言えるわけです。
いろんなことをやる人が、東京に集まってくる。
写真まわりの人も同じです。

いや、政治のこととそういうの一緒にされても、と思うかもしれないけれど、
政治、お金、娯楽と生活はひとつの輪の中にあると考えると、離れた話でもなく。
どこに住むか、ということは大切なことだし、その理由がどこにあるのかも考えたい。
経済の中心に何かが集まるのは仕方ないとしても、もうちょっと文化的なものが分散していく可能性は探ってよい気がしています。
先日Twitterでお話した方が、東京以外で写真展がみられないと嘆いておられました。
その人との約束でこのブログを書いています。
なかなか手が回らず、今やっと書けてちょっとほっとしています。
 
私も利用する東京のアート、写真展の情報サイトTAB東京アートビートで写真のジャンル検索をすると、
東京以外も若干含まれるけれど常時100程度の写真展が都内で開催されています
もちろん本当はプロ、アマチュア写真家のものも含めてもっと開催されているはず。
でも、日本全体でいつも写真展を見られる場所は多くはなく...思い浮かぶのは大阪ぐらい。
全国各地に美術館はあるけれど展示期間が長いので、
そこに住む人は一回行ったらしばらく次まで待たなくちゃいけないし、
いつも写真見られる場所といえばメーカーギャラリーなどだろうか・・・。
私は東京近郊を離れたことがないので実感したことがないのですが
ざっと考えても写真を展示するのも、写真を見るのも、東京で。
それが本音といえる。

しかし、それでいいの?ということを考える。
東京以外の場所でも楽しみはあるけれど、
写真、見てほしいなと。
気晴らしでも、他の人が何を考えているのか知るためでも、
日本国内の他の場所や世界で何が起こっているのか知るためにも。

そこで、以前アサヒカメラのニュース欄で取り上げた四谷のギャラリー、ーニィ247フォトグラフィーのことを思い出しました。
http://www.roonee.com/
オーナーは長年写真を撮る、見る、買う楽しみの普及につとめてきた篠原俊之さん。
(ちなみに私は写真学生時代篠原先生に写真をならっていました。
篠原さんはいつも、「ずっと写真文化を根付かせようと種まきをしてきて、
近年それなりの手応えは感じている」とお話してくれる人です。
近年の状況は篠原さんを含めギャラリストや美術館やメディアや評論家、もちろん写真家の方たちのおかげ。
でも場所としてその中心にあるのは東京、大阪位なのではないだろうか。
そして、今東京で写真展見てまわっている人は固定メンバーなのである!
どこへ写真見に行っても私が知り合いに会う事実が、それを物語っている。

そのルーニイギャラリーが今年から始めた試みに、出張展示というものがあります。

岡山編
http://www.roonee.com/?p=1757

名古屋編
http://www.roonee.com/?p=1962

主に交通の拠点となっていて、近郊の都市からも車で人が来やすい場所で開催しているそうです。
繰り返し展示を開催することで、写真を見ることに馴染んでいってもらい、
写真鑑賞をする人の裾野を広げようということでした。

このやり方の良いところは、ずばりギャラリーの負担が比較的少ないことです。
もちろん地方に腰を据えて支店を出し、周囲の人と関係を結び...というのが理想なのかもしれませんが、
それは大きな賭けなのです。
やっぱりお金の流れが大きい場所のほうが、ギャラリーの運営は安定します。
なので、東京という足場を保ちつつ、写真にちょっと興味を持つ人を呼び寄せて
関心を深めてもらうやり方のほうが良い。
出張展示を訪れた人が上京する機会をとらえて東京のギャラリーにも立ち寄ってくれたこともあったそうです。
写真が気になっていても、最初はなにがいいかなかなか実感できないもの。
経験豊かなアドバイザーがいたほうが楽しいはずです。

あと、地方の方のほうが家が大きいから、大きな作品が飾りやすかったりするので、
普段売れない作品に興味を持ってもらえたり、ギャラリーにもメリットがあるそう。

そんなわけで、今出張展示は結構現実的な手段だと思ったのです。

で、一方、ギャラリストでもなく東京に住んで
いる私はどうすればいいのかというと、
近場じゃなくてもいい写真展やっていたら行きたいよね!ということ。

アートで観光地化された場所はもちろんですが、
東京以外の展示でこれは見ておきたい!
というものを、日々写真界隈の人はみんな見に行っていてすごいなあーと思うのです。
これは書く仕事をはじめてから初めて知った喜びでした。
そして、旅行の目的として、もっと一般化していいと思うのです。


私はもともとあんまり旅の欲がなく、写真見る習慣がつくまでほとんど旅行はしませんでした。
海外もホントに行かなかった。
でも、写真見たりアート見たりという人は、展示見る目的でどこへでも馳せ参じます。
私も近年はなんとか時間みつけて足を運んでいます。
名古屋、大阪あたりが多いのですが、今年は仙台も行きました。
沖縄とかでもいいのやってますから!観光に行ったらぜひ。
すごい写真家が住んでる場所ですからね。

旅行って名所をめぐるとかお祭り見るとかいろいろあるけれど、
展示は一回性のある生モノ。
旅のお供に是非、写真展を。
あの時あれを見たよね、というのは本当に記憶に残ります。
数年後、また同じ人の作品を見る喜びや、またあのギャラリー行ってみよう!
という楽しみも増えます。

文化って中心部だけで発展するんじゃ今の時代結局どんどん弱くなっていくと思うのです。
層が薄くなっていくし、表面に出る作品のバリエーションだって限られていくのでは。
それに東京自体かつてより力を失いつつあると肌で感じます。
東京が力と魅力を失って地方に散っていくならまだいいけれど、ただ拡散して全部薄まるだけでは悲しい。

でも実際に現在地方で作り手などが活動すること、そいいう拠点を築くことの難しさは東京でてない私ごときの想像を超えるだろうというはもちろんで。
こういう地方と東京、ということを考えるときに最近必ず思い浮かぶのが映画「サウダーヂ」です。
富田克也監督のインタビューを私のメモの意味でも貼らせてください。
これ本当にいいインタビューでした。
地方の話としても、好きなことして生きることについてもいちいちぐっときた。
この映画、長年山梨を拠点に活動するstillichimiyaというラッパーをキャストに据えたのも説得力がありました。
http://www.mammo.tv/interview/archives/no295.html
なんだかとっちらかった印象もありますが。。。
いろんなこと言いたいのですがまた後日!
一応更新できてほっとしました・・・
更新期待してるとか声かけてくれた方、ありがとうごいました。
他のテーマについても遅々とですが書きたいです。

2012年6月17日日曜日

町でいちばんの美女〜写真と小説を語る夜について

こんにちは。
ご無沙汰の後の2回目です。

前回のブログのなかで、日本は写真を撮る人は多いけど、見る人は少ない、と書きました。

写真集見るとか、ギャラリー行くなんて、かつての私は考えたこともありませんでした。
なんだか自分と関係ないことのように思っていた。
ことに、ギャラリーで見ることなんて。
でも、実は写真を見ることって、普通に暮らしてると当たり前にしていることで、
関係ないってことはないのです。

たとえば、書店で見る本の表紙。
結構写真を使ったものがあると思いませんか?

ここからは少し思い出話を。
私が写真を見る習慣をもつ前のお話です。
大学卒業から5年くらいたった頃でしょうか。
私は恋人と別れたばかりで、胸の奥がじくじくとする日々でした。
ある日、何かの用事で行った早稲田駅でばったりと大学自体の知り合いに会いました。
とても仲良いというわけではないけれど、会えば気安く話せる、という感じの相手です。

これも何かの縁ということで、二人で渋谷に赴き、飲むことにしたわけです。
「最近お坊さんと付き合っているんですよ」
という彼女の言葉に前のめりになりながらビールを呑み、
彼女がその時バイトしていた出版社の話をして、本の話になりました。 
「人が服を着るのって自己表現だと言うじゃないですか。
でも、電車のなかとかで読む本にブックカバーかけるのなんででしょうね。
どんな本読んでるかって、 かなり伝わりやすい自己表現だと思うのに。」
そんな彼女の言葉に、そうか、と思いました。
そういえば、電車内で人が読んでる本って気になるかも。じゃあ、自分にとって自己表現になるような印象深い表紙ってなんだろう、と思ったら、
高校時代に読んだ一冊の本が思い浮かびました。
チャールズ・ブコウスキーの『町でいちばんの美女』です。

ブコウスキーの本は、 どれも作者自身をモデルにした主人公が、
酒を飲みまくり、とにかく女と寝ることを考えるという物語が基本になっています。
結構読んで気分が悪くなる人もいるかもしれません。
まず、悪態が多いし、話の筋があまりちゃんとないものもあったと思います。
でも、酒と欲に浸り、女に対しても最低の振る舞いをする主人公が、
ときに本当に愛せるものと出会い、一瞬だけ、ものすごく澄んだ存在になることがあります。
嘔吐し続ける者だからこそ描ける、壊れやすく美しいもの。
私が持っている文庫版の帯にはこう書いてあります。
”俺の顔は悲劇的だ。おまけに酔いどれ。それでも女が寄ってくる。”

物語はこうはじまります。
ある日、町でいちばんの醜男である”私”が、ウェストエンド・バーで飲んでいると、
町でいちばんの美女で、修道院を出たばかりのキャスという少女が隣に座ります。
「あたしのこと、きれいだとおもう?」
「もちろんそう思う」
キャスは自分の顔にピンを突き刺します。
「さあこれでも、あたしはきれい?」

自分の容姿にばかり惹かれて寄ってくる男たちに猜疑心を抱くキャスは、綺麗なだけではなく頭もよく繊細です。
男を誘惑しながら男を軽蔑し、自分を傷つけ続けます。
”私”は、もちろんキャスの美しさにひかれながら、その優しさや思いやりにも気付きます。
そして、その燃えるような彼女の激しい気質と純粋さが、どうしようもなく彼女を破滅させるであろう運命を感じながらも、静かに短い時をともに過ごすのです。

ところが、

「あああ、あの本ねえ」
と友人の顔が曇りました。
「表紙が苦手で、読まなかったんですよ」

ええええ!表紙がいいんじゃん!と驚愕した私。


この物語の大前提は、キャスがものすごく、自分を不幸にするくらい美人だということ。
アル中の父親に捨てられて姉妹5人で修道院を頼るも、
女たちに妬まれ、姉たちにもいじめ抜かれ、挙句顔に傷をつけられても、傷がさらに美しさを際立たされるほどの美貌。
男たちは美しさに目がくらんでセックスの対象にしか見えない。
自分の喉に割れたガラスで醜い傷をつけるなどの激しいキャスの言動は、
自分の美しさに打ち勝って、とにかく自分がどのような人間かをきちんと見てほしいという強い欲求の結果です。
そしてその欲求が満たされないために、キャスは明晰な思考を維持しながらも、ゆっくりと確実に狂っていってしまう。

というほどの美女、物語だからこそ描ける美女ともいえます。
実際にこの女性どんな容姿でしょうといったら、まあ、実写化しないのが穏便な方法でしょうか。
で、実際の表紙はこちら。
http://www.amazon.co.jp/%E7%94%BA%E3%81%A7%E3%81%84%E3%81%A1%E3%81%B0%E3%82%93%E3%81%AE%E7%BE%8E%E5%A5%B3-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%BA-%E3%83%96%E3%82%B3%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC/dp/4102129111

バーカウンターに座る女性という、ド直球。
しかし、そんなすごい美人なの!?
きちんと写真を見てみましょうか。
この女性、やや太っていますね。日本人の好みからはちょっとはずれるかもしれない。(男性から視点はよくわかりませんので、私の目線からで)
服の肩が落ちていて、ショートパンツは太ももにくいこんでいます。ちょっとだらしない感じというか、客待ちの娼婦というか、
肉感的な体型とあいまって、セックスを感じさせます。
しかし、目の前には飲みかけのお酒のグラスとマッチ。
マッチがあるということは、「火かしてくださる?」的な
古典的で間接的な誘い方はしない、すっぱりした性格なのかもしれません。
よく見ると、隣に自分が使った以外のコースターがある。
さっきまで男が隣にいたのでしょうか。
でも、フラれたばかりというよりも、頬杖をついた堂々とした姿勢からは、
彼女が何か気に入らないことがあって追い返したのではないかと思えてくる。
目線は遠くを見るように、カメラからはずれています。
撮られていることに気づいていなさそう。
カメラに気づかないほど集中して何を考えているのでしょうか。
さっきは言いすぎた、と思っているのかもしれない。
あるいは、男とうまくいかない自分の性を嘆いているのかもしれない。
でも、決して惨めには見えない。
なぜなら、写真のピントは彼女に合っていて、背景はボケていて、光は彼女にあたっているから。
写真家が明らかに彼女にひかれ、彼女を主人公として撮っているのです。
もしかすると、プリントするときに女性だけ明るく残して、
あとを少し黒めに焼いているかもしれません。
それだけでも、彼女は周囲から浮き上がり、はっきりとオーラをまといます。

一枚の写真がもつこれだけの物語が、小説の世界と結びついていく。
表紙を見るのは一瞬ですが、一瞬見ただけで受ける印象をやや解体しただけなので、
やっぱり目はこれだけのことをちゃんと見て受け取っているということなんですよね。
この写真を表紙にしたのが素晴らしいのは、
視点が、小説を読む人と重なること。
写真家が被写体の女性の物語を目撃するように、小説の読者もキャスに出会っています。
あと、写っている女性が都会的なモデルのような美人ではないということです。
小説のなか、とうとうキャスが主人公の手のなかからすべり落ちた時。
しばらく遠くへ行っていて何も知らない主人公がカウンターに座ると、
バーテンが
「かわいそうなことしたね、彼女」
と語りかけてくる。
一人の女性の死が、すぐさま噂としてまわる規模の町。
キャスはそんな町の、いちばんの美女なのです。

ーーーいっしょに暮らしてみないかと私はいった。キャスはしばらく待ち受けるような眼で私を見ていた。やがてゆっくりといった。「やめとく」私はバーまで送ってゆき、彼女に一杯注文してから、そこを出た。・・・・

どうにかハンドルを握って部屋まで帰り着くあいだ、私はずっとかんがえていた。「やめとく」を聞き入れないで、いっしょに暮らそうと強引にいうべきだった。言葉のはしはし、動きの一つ一つに、 彼女の不安はあらわれていた。だというのに私は、まったく感じとろうとしなかった。だらしがなさすぎた。私には生きる値打ちはなかった。野良犬とかわらなかった。しかし、犬を責めてどうなる。私は起きあがってワインを浴びた。キャス、町でいちばんの美女は20歳で死んだ。ーーー

写真に写っている女性のような人は、おそらく、
他の町にもいるのでしょうか。
世界にある無数の、小さな町のバーにいる、いちばんの美女。
男たちは、彼女たちの孤独を感じ取りながらも、
ある一言に辿りつけないのです。

渋谷で飲んだあの夜、
”その一言が、ということに男性側が気付くだけ救いがあるのかもしれないな”
などと、酔った頭で考えながら、私は、
「あの表紙、なかを読めば好きになると思うよ」
と声を絞り出したのでした。
とくにすごい美人じゃなくても、誰かにとっていちばんの美女だったことのある一人として。






2012年6月10日日曜日

なんとなく大学を出た人たちへ

こんにちは。
ブログ的なものを書くのは大変久しぶりです。
まだとても少ない人しか見ないはずのこのページに、それでもきちんと書いて伝えてみたいことがあります。
まずは自己紹介を。

ちょうど10年前の春、私は早稲田大学第一文学部の英文学科を卒業しました。
それまではいわゆる普通の大学生、つまり、ほとんど勉強をしない学生だったと思います。心の琴線に触れる講義はたくさんありました。
今でも顔を覚えている教授もいますし、感動した講義のノートはすべてとってあります。しかし、それでもなぜか熱心に勉強はしなかったのです。
講義を聞くだけで十分でした。
それなりに授業をさぼり、それなりに授業にでました。
4年間、単位を落としたことはありません。
でも、研究をしたいと思うほどのものには出会えませんでした。
今の時代に大学に行くほとんどの人がそうであるように。

大学を卒業する頃、私の頭のなかにあったのは、
自分が稼いだお金で生活をしたいという思いでした。
とにかく働きたかったのです。
最初に就いた職業はIT企業の営業職です。
でも、実際に働いてみると、ただひたすら辛かったのを覚えています。
そこを一年ほどで辞め、法律事務所で事務員として働くようになりました。
そして、現在もそこで勤めながら、3年前からフリーランスで物書きをしています。
専門は写真です。
というか、写真についてしか書いていません。

ほんの数年前まで、写真を見る習慣はありませんでした。
突然写真について書こうと決めたのは約5年前のことです。
決めてから数日で、夜間で通える写真学校を探し、
すぐに入学して2年間撮影を学びました。
在学中にちくちくと文章を書き、 論文公募に応募して入選しました。
写真専門誌の「アサヒカメラ」で連載をする人を探していると聞いて、
編集者に会いに行き、もちろんその時は落とされましたが、
写真学校を卒業後に初めてのお仕事をいただきました。

今、ライター3年目です。
普段書いている文章はとてもかたいものが多いのですが、
少しくだけたものを、あまり何もきにせず書いてみようと思い始めました。
目的はあります。

IT企業で働いていた頃、ある日愕然としたことがあります。
オフィスにまったく本がないことに気がついたのです。
小学校から大学まで、そんなに熱心に学ぶことはなくとも、本はすぐ手の届くところにあったはずです。それが、社会人になった途端に、気がつけば本がまったくない場所に毎日通うようになっていました。
もちろんプライベートで読めばいいのかもしれない。
でも、朝から晩まで働いていたら、何を読んだらいいのかまったくわからなくなっていました。
学生時代、そんなに勉強熱心だったわけではないのに、どんどん息が詰まっていきました。
こういう感覚って、わりと多くの人が持っているのではないかと思うのです。
そして、これってなんか妙なことではないかと思うのです。
小説でも詩でも絵でも写真でも、とにかくひっくるめて文化的なものに触れることって良いことだと聞いたことありませんでしょうか。
それって豊かなことだと伝え聞きませんでしたか?
でもいざそれやってみようとすると、わりと難しくないですか?
私はそうでした。
雑誌やテレビで大きく宣伝されているものにたまに触れるので精一杯。
でも本当にこれっていいものなの?
そもそもいいものって何が基準になるの?
自分の感じたままでいいって言うけど、それだけだとなんか広がっていかないんですけれど。

そんな人に、写真見に行こうよ、と言いたい。
写真じゃなく美術でもなんでもいいのだけど、
私は写真が専門なので、写真についてお伝えしたいわけです。
今、日本という場所では、
写真を撮るひとはたくさんいるのですが、ギャラリーに足を運ぶ人はまだまだ少ないのが現状です。
それって大変に勿体無いことで、できれば写真を見る習慣って広めたいのだけど、
たとえば私と同世代の人が、突然写真雑誌を手に取るとは思えない。
あと、突然写真家のインタビュー読んで写真見に行こうとするのもあまりないかもしれない。

じゃあ、もともとカルチャーに詳しいわけじゃなく、
すんごいお洒落とかでもなく、
ただなんとなく大学を出て、がんばって就職をして、
でもこの国でもう少し何か考えたり感じたりしたいという私のような人のために、
ここにブログを書き始めてみようと思ったわけです。
写真にまつわることを、かなり私的な視点で。
で、写真ギャラリーに行ってみよう、
写真集買ってみよう、写真雑誌読んでみよう、と思って頂ければとても嬉しいです。

普段は仕事で書くからもうすごい時間かけて文章書くし、
恥ずかしくないように気をつけるのですが、
そうもしてられないので、さらりといこうと思います。
もともと二つ仕事してるので、覚書程度になったり、
更新が滞りがちになることもあるかもしれません。
でも、ゆるりとお付き合い頂ければと思います。
あとは、「アサヒカメラ」とかを手に取ることがある方は、
ああ、こんな人が書いていたのかと思って頂ければ。
ニュースなんかで取り上げたことの後日談なんかも書けたらいいなと思います。

では、今日はこのへんで。
おやすみなさい。

さらりと書くとかいっても、わりと長くなるもんですね。